「自分でできる」を可能にする特別支援教育|MacFan

教育・医療・Biz iOS導入事例

「自分でできる」を可能にする特別支援教育

文●山田井ユウキ

従来のコンピュータとは異なる操作性と利便性を備えるiPadは、特別支援教育の在り方を変えた。子どもたちに「自分で何かができる」経験を与えたが、本格的に教育現場に導入するためには、まだ課題も山積みである。特別支援教育におけるiPadの現状と、今後の可能性と課題とは何か。

きっかけは息子の障害


障害を持つ子どもたちの特別支援教育にiPadを活用するケースが全国的に増えている。その流れを影で支えているのが、京都を中心にiPadの貸し出しやグループ学習会、支援ソフトの開発などを行う、NPO法人支援機器普及促進協会だ。これまで多数の学校を支援してきた同協会理事長・高松崇氏に、特別支援教育の現状と、iPadが持つ支援機器としての可能性、将来に向けての課題などについて聞いた。

もともと高松氏はシステムエンジニアとしてサラリーマン生活を送っていた。支援教育に携わるきっかけとなったのは、3人目の子どもが14万人に1人といわれる障害(18テトラソミー)を持って生まれたことによる。

「息子が7歳のときにiPodタッチを与えてみました。これだ!と思いましたね。コミュニケーションを取ったり、言葉を覚えさせたり、効果を実感できました。ただし、息子は小さい画面に集中すると目が真ん中に寄ってしばらく戻らなくなります。よって、2010年には代わりに大画面のiPadを渡したのです」

iPadを利用した支援教育に大きな可能性を感じた高松氏は、サラリーマン時代に培ってきた経理や財務、システムの技術を活かし、特別支援が必要な人をサポートしたいという思いを持って7年前に独立。NPO法人支援機器普及促進協会を設立し、活動を始めたのだ。特別支援教育におけるiPadの活用は、これまで3つのフェーズを経てきたという。活動開始当初(初代iPad発売開始後)にまず注目されたのは、上肢が不自由な人へのサポートだった。

「例えば、人差し指と中指を別々に動かすことができない子どもは、マウスを扱うことが困難です。しかしタッチパッドなら指1本で触れれば操作できます。また、iPadのホームボタンは1つの物理キーだけなので、視覚障害の子どもでも指で触れればどこにボタンがあるかわかり、さまざまなアプリを使って勉強などができます」

2011年には東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授が、タブレット端末を支援教育に活用する「魔法のふでばこプロジェクト」を開始するなど、デスクトップよりもはるかに操作が直感的で利便性にも優れるiPadのおかげで、障害児たちはそれまで難しかった「自分で何かができる」という経験を得ることができたのだ。
 






k_2.jpg

k_1.png

NPO法人支援機器普及促進協会理事長の高松崇氏。NPO法人支援機器普及促進協会のWEBサイトでは、高松氏が各地で行った研修会やプレゼン資料を閲覧できる。






k_3.jpg
高松氏がNPO法人支援機器普及促進協会を設立したきっかけは、三男にiPadに渡したこと。三男はiPadに入れた約400個のアプリの場所をすべて覚えるまでに使いこなしているという。

k_6.jpg

iOSには標準で強力なアクセシビリティ機能が搭載されている。これが特別支援教育でiOSデバイスが用いられている大きな理由である。


 

iOSの利点と課題


しかし、同時にiPadだけでは限界があることも明らかになった。例えば、脳性麻痺を持つ人の場合、狙ったポイントを指で触ることは困難だ。そこで2012年頃に注目され始めたのが、外部スイッチでiPadを操作するという方法だ。iPadはタッチ操作が基本だが、実は外部キーボードなどを使って操作することも可能であり、特別支援教育向けにさまざまな外部スイッチが開発されている。赤青黄色の3つのボタンだけでiPadを操作するもの、ゲームコントローラのようにジョイスティックを持ったもの、ブルートゥースキーボードを名刺大の大きさにしたようなもの…。


中でも有名なのが、「iPadタッチャー」だ。iPhoneの[設定]→[一般]→[アクセシビリティ]から「アシスティブタッチ」を起動し、画面の任意の場所に配置。そしてそこに静電気を発生させるジェルを貼り付け、iPadタッチャーを接続する。こうすることで、狙った場所を触れない子どもであっても、iPadタッチャーのボタンを握ったり叩いたりすることでiPadを操作することができるようになる。音楽を選曲したり、電子書籍をめくったり、写真を撮ったりすることが可能になるのだ。

「アシスティブタッチは本当に画期的な機能。iOSが特別支援教育に優れているのは、音声コントロールをはじめ、アクセシビリティ機能が充実しているからです。今秋登場のiOS7ではさらに機能強化されているので楽しみです」

そして昨年から今年にかけて注目されているのが、学習障害(特にディスレクシア:読み書き障害)を持つ子どもたちに対して「学力を保証する」というテーマだ。iPadにはこうした人を補助できる機能がたくさん存在する。例えば文字が読めない場合は文章を読み上げるアプリを使ったり、書けない場合は音声認識アプリを使って声で文字入力したりできる。「3年後に施行される障害者差別解消法によって、読み書き障害のある子どもがiPadを受験会場などに持ち込むことが認められます」。ディスレクシアの人たちは単に読んだり書いたりすることが苦手なだけであって知的な遅れはない。それをiPadがアシストすることで障壁を取り除くことができるのだ。
 







k_5.jpg

上肢が不自由でも、ソフトウェアキーボードやSiriを使って文字入力が行える。また、写真や動画も見ることができるiPadは、それを見ながら靴紐の結び方を練習するなど、特別支援教育のさまざまな場面で力を発揮する。

k_4.jpg








k_7.jpg

iPadに対応したさまざまな外部スイッチが開発されている。iPadタッチャー(上)は片側をiPadの画面に固定し、もう片側のボタンを押すことでiPadを操作するもの。iOSに標準搭載されているアシスティブタッチを有効にすることで利用できる。

k_8.jpg

韓国で生まれた特別支援教育用デバイス「リーヴォ」を高松氏がカスタマイズしたもの。iOSデバイスとブルートゥースで接続し、表示されているキーを押すことで操作できる。各キーには微妙な凹凸があり、指先でキーの位置を判断できるため、視覚障害を持つ子どもに役立つ。


 

すんなりとは進まない


もっとも、iPadを使った支援教育は単にiPadの機能やアプリを使えばいいという単純なものではない。400個以上のアプリをiPadに入れて支援教育を実践する高松氏の言葉には、ハッと気づかされることがある。例えば、iPadで文字をなぞり書きする知育アプリがあるが、これは実践的に思えて、実際は役に立たないことが多いのだという。なぜならiPad上で文字を書くときは手を浮かせる必要があるが、実際に紙に書くときは手をつくからだ。


また、画面に表示されたイラストの名前を、同じ画面にあるひらがなを並び替えて作るアプリがあるが、これも実際には使いづらいという。仮にイラストが「キンメダイ」だったとして、子どもがそれを「さかな」だと判断したら、「さ」が画面にないことで行き詰まってしまう。このように複数の答えが考えられる場合は、イラストと答えを支援者がカスタマイズできればいいのだが、それができないアプリがほとんどなのだ。

さらに、実際に学校で導入する際の問題もあるという。中でも課題となるのが、現場の教師たちのノウハウ不足だ。これまで学校内にあったコンピュータと何が違うのか、それすらわからない教師も多くいる。

「さらに一番のネックとなるのがWi-Fiです。多くの学校ではセキュリティ面の問題から、Wi -Fiを構築したことがありません。ですから、いきなりiPadを導入しても困ってしまうのです。また、アプリの購入を行うのにクレジットカードとプリペイドカードでしか決済できないという点も大きな課題。公立校では学校名義でのクレジットカードが持てず、プリペイドカードの決済も認められていないことが多いですから」

この状況を打開するには、地道な啓蒙活動をとおして、iPadの効果的な導入方法をレクチャーしていくしかないと高松氏はいう。もっともカンファレンスを開催しても、興味のない教師はそもそも出席してくれない。だが、「伝えなくてはいけないのは、むしろそういった先生方。本当に広めようと思ったら、逆に僕らが学校まで足を運ぶべきなんです」。iPadを特別支援教育の現場に浸透させ、1人でも多くの子どもたちをサポートすること。そのために高松氏は今後も地に足をつけた活動を続けていく。
 







k_9.png

k_11.png








さまざまなアプリを利用できることもiOSプラットフォームの利点だが、海外に比べて日本では実用的なアプリはまだ少ない。キーボードをタッチして作成した文章を合成音声で読み上げたりメール送信したりできる「トーキングエイド for iPad」(左上)、写真を撮るとそれが何なのかを音声で教えてくれる視覚障害者向け画像認識カメラアプリ「TapTapSee」)(右)、顔を横に振るだけでページをめくることができるiPad用電子書籍リーダアプリ「MagicReader」(右上)がおすすめだという。

k_10.png


『Mac Fan』2013年10月号掲載