デジタルでも「考える力」は人による添削で育てる|MacFan

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デジタルでも「考える力」は人による添削で育てる

文●栗原亮

答案に赤字で指導を入れる「通信添削」という方法によって創業してから80年間以上、通信教育を主体とした学習サービスを行ってきたZ会。この春よりiPadミニを活用した学習サービスによって学習効果のさらなる向上を目指す。

iPadミニを選んだ理由



静岡県駿東郡長泉町に本社を置くZ会は、約80年前の1931年に実力増進会として創設され、現在に至るまで通信教育を主体とした教育ソリューションの提供を行ってきた。対象は幼児・小学生・中学生・高校生・大学生・社会人向けと幅広く、中でも東大・京大を筆頭とする難関国公立や有名私大の合格者が多いことでも知られる。

そのZ会が2013年より取り組んできたのが、タブレット端末を利用した学習サービスだ。2014年度からiPadミニを使ってZ会の通信教育を学習する「Z会デジタル学習サービス」をスタート。高1・高2生向けコース本科(英語・数学・国語)のいずれかを受講する高校1年・2年生を対象に、1万4800円で初代iPadミニ(Wi-Fi、16GBモデル)と専用アプリを提供し、学習教材の閲覧のほか、カメラを利用した答案の送信、学習サポートなどが可能となるサービスだ(iOSデバイスを個人所有している場合は専用アプリを無償提供することで同サービスを受講できる)。

「タブレットを使った学習サービスは2013年7月より開始しました。当初はカスタム仕様のアンドロイド端末を利用していましたが、答案の撮影に利用するカメラのクオリティの問題などから、今回iPadミニに全面的に切り替えました。iOSデバイスの市場シェアの高さ、そして生徒に評判がいいことも理由です」と答えるのは、Z会でデジタル学習のプロジェクトリーダーを務める草郷雅幸氏だ。

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通信教育だけでなく、教室で直接指導を行う教室事業、さらに『速読英単語』などのベストセラーで知られる出版事業も展開するZ会。同社WEBサイトにて、「Z会デジタル学習サービス」の詳細を確認できる。

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専用アプリのホーム画面。教材の閲覧と答案の提出、添削された答案の返却、復習といった通信教育の学習プロセスに対応。また、学習スケジュール管理も備える。

 

受験合格だけが目的ではない



郷雅幸氏によると、通信教育におけるデジタル化の最大のメリットは、学習プロセスの効率化にあるという。Z会の通信教育では、受講コースの学習スケジュールに沿って郵送されてくる教材を元に生徒が学習し、問題の解答用紙を郵送で返送、指導者が添削したものを再び送付し、その問題を復習することで学力を身につけるという流れが基本だ。この教材がiOSデバイスにオンデマンドでダウンロードできるようになったことで、生徒は自分のスケジュールに合わせて学習できるだけでなく、解答用紙も画像データで1枚から即座に送信できるようになり、学習してから添削とその返却までの時間が短縮化される。

「通信教育はハイレベルな受講内容を地域差や時間的制約をなるべく受けずに自分のペースで学習できるというメリットがあります。しかし、従来は郵送されてくる教材などを待ったり、切手を用意してポストに投函したりと学習の部分以外の手間が多いという課題がありました。例えば、郵送料を節約するために解き終えた複数の講座の解答用紙がある程度まとまってから送付してくるというケースが多かったのですが、これではもっとも学習効果が高いときに復習することができません。iOSデバイスを利用することで、これらの手間が解消され、学習効果が高まることを期待しています」

また、専用アプリを使うことで、生徒は学習スケジュールのほか、その日に取り組むべき教材をプッシュ通知でお知らせする「今日の学習」機能、学習の進捗状況がわかる「答案の状況一覧」機能、成績管理機能(追加予定)などを利用することも可能だ。

しかし、せっかく学習にタブレットを利用しているのに、なぜ手書きの答案を提出させるのか?と疑問に持つ人も多いだろう。その理由は、答案に赤字で指導を入れる通信添削という方法によって志望校合格だけでなく、本物の学力となる「考える力を育てる」ことに重きを置いているからだ。

なぜなら、現在の難関大学の受験では、記述する答案の作成能力を重視している。「そのためには、詰め込んだ知識や解法の選択だけでなく、設問に向き合って何を聞かれているのかを把握する“論理力”や“思考力”が必要です。これを最終的な答案という形に落とし込めなければ難関校の入試は突破できません」。つまり、このアウトプットする力を育てるために手書きの解答にこだわっているのだ。そして、この方針は現在の大学受験の仕組みが大幅に変わらない限りは変更されることはないという。

このようなZ会の取り組みからもわかるように、最近の教育サービス業界では学習にスマートフォンやタブレットを活用する動きが広がっている。中には有名講師の授業や学習教材をオンライン動画で提供したり、ゲーミフィケーションの要素を盛り込むことで学習意欲を高めたりするなどの工夫を施しているサービスもある。

「Z会の強みは、これまで培ってきたハイクオリティな教材と学習指導のノウハウの蓄積にあります。そして一番の特徴は“紙とデジタルのハイブリッド”である点です。いたずらにデジタルに走らずに通信添削にこだわってきたのは、過去の良問に向き合って自分の意見を体系立てて表現する訓練をしてもらいたいからです。添削には個別指導というメリットがありますので、これは映像を画一的に配信するだけの授業では得難いものです」
 







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受講したデジタル教材をダウンロードして利用する。教材には添削問題、要点・練習問題、映像授業がある。分厚い参考書などを持ち歩かなくて済むようになるだけでなく、通学中や学校の休み時間などにもZ会の教材を使ってもらえるようになった。

 

継続率が重要なテーマ



まだサービスを開始して間もないため効果測定を行うには時期尚早としながらも、すでに募集定員に迫る申し込みがあり、手応えは感じていると草郷氏は語る。

「通信教育では時間が経過するにつれて答案の提出率が低下する傾向にあります。基本的に退会はいつでも自由ですので、『継続率』の面がポイントとなるでしょう。すでに生徒からは『iPadだと超便利!』などの新しい反応を貰っています。やはり重たい教材を持ち歩かなくてよいのが一番うれしいようですね」

Z会が今回のサービスを開始した狙いはほかにもある。それは生徒一人一人の学習状況データをリアルタイムに記録して解析し、それを学習効果の向上に役立てるというものだ。例えば、生徒の学習状況によって最適な教材をレコメンドしたり、答案内容から不足点をアドバイスしてあげたりなど、より個人の実状に沿った学習指導を目論んでいる。Z会が通信添削のシステムで培ってきた「人による」個別指導のノウハウをデジタル上でより強化できるようになれば、競合サービスとの差別化ならびに、同社が掲げる通信教育の枠を超え、人材育成までを目的とした新たな学習サービスの地平が開けるに違いない。
 







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iPadミニではカメラモジュールの性能向上により、アンドロイド端末と比べて手書きの答案をきれいに撮影して送信できる。答案にはQRコードが埋め込まれており、誰がどの答案を提出したのかを認識できる。解いたその場で提出できるので、添削指導までの時間が短縮化した。

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映像授業は、Z会の教室で行われている授業を配信する「Z会の映像」コースをiPadミニでストリーミングで視聴できる(有料)。




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テキスト教材は紙の通信教育教材をPDF形式でデジタル化したもの。現在は教材を閲覧するだけの機
能しかないが、次期アップデートではアプリ内に専用ビューアを組み込み、しおりやハイライト機能
などを実装していく計画だ。



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学習管理機能によって、いつどれだけ学習したかを視覚的に確認でき、モチベーションの維持につながる。指導する側も学習の進捗がリアルタイムで把握できるようになるので、「子どもたちの様子が見えるようになった」という。







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ソリューション推進部・プロジェクトマネージャー・草郷雅幸氏(左)と、ソリューション推進部・教育ソリューション推進室・関田俊哉氏(右)。「教材がどのくらい利用されているのかという状況は把握できています。今後このデータを活用することで、生徒がどの場所でつまづいているのかなどに基づき、指導の公平性を担保しつつアドバイスできる仕組みなどを整えていきたいと考えています」と語る。


『Mac Fan』2014年6月号掲載