稼働率を高め、iPad導入を成功へ導くエバンジェリストの存在|MacFan

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稼働率を高め、iPad導入を成功へ導くエバンジェリストの存在

文●編集部

タブレットデバイスの導入が進む一方で、社内での稼働率の低さが取り沙汰される。「社内にiPadを配備したけれど、社員がうまく活用してくれない」という問題だ。それを解決するうえでもっとも大事なのは、主体的に動き回る"アツい"エバンジェリストの存在だ。

使われないことの最大の理由



ビジネスにiPadを導入する企業が後を絶たない。現在、国内の法人市場におけるiPadのシェアは実に8割以上だといわれており、右へ倣えの精神で導入を検討している企業までを含めればその数は膨大となる。コンシューマーデバイスに端を発したアップルのタブレットこそが、ビジネスイノベーションの英図として、21世紀を勝ち続ける(生き延びる)ビジネススタイルを確立するための最善手と捉えられていることがわかる。

iPadを企業導入するうえでの障壁としてまず立ち現れるのは、どのように社内配備するかという問題だ。iPadのモデルはどれにするか、どこから購入するか、キッティングは誰がどのように行うのか、社内のIT環境との連携やセキュリティ対策の方針は…。

2010年にiPadが登場した頃は、パソコンとは異なる新しいコンシューマー向けデバイスだけに、ビジネス導入には課題や苦労が付きものだった。しかしそれから3年が経過し、アップルが対応強化を図ると同時に、先駆的な導入企業の事例やノウハウが広く知れ渡り、最適な配備の方法論が確立されてきている。もはやiPadは、アップル製品に精通し、ビジネスの変革の必要性をいち早く唱える人が発案して導入する「珍しいITツール」ではなく、多く人の手に届く、確立された1つのソリューションなのだ。

だが、当然ながらiPadは、導入すること自体が目的ではない。社内に配備したのち、いかに活用していくか(活用されるか)が重要であり、導入目的や目標を事前にしっかりと定めておく必要がある。これらなしで、導入に成功している企業は皆無といっていいだろう。

格別、iPadの活用が難しいのはオフィス利用だ。単にiPadを従来の専用端末に置き換えるというカタチで導入する場合は効果が出やすい。一方、オフィス利用は目的が明確化しづらく、従業員の営業ツールやスキマ時間の有効活用など、ITリテラシーがバラバラの複数多数に対して「ビジネスの効率性を高める」という曖昧な目的のまま導入すると失敗しやすい。

実際のところ、ここにきて「iPadを導入したものの活用できていない」ことの問題が顕在化し始めた。2013年11月1日に公開されたZDNetの記事「スマートデバイス導入における落とし穴」によると、タブレット導入企業における稼働率は2012年が約65%だったが、2013年後半には50%を割っている。iPadを含むタブレットの出荷台数は増えつつも、その稼働率は低下するという実に皮肉な結果だ。皆さんの周りでも「入れたはいいが、宝の持ち腐れ状態」という光景が広がっていないだろうか。

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iPadの伝道師



どうすれば活用度合いを高められるのか? その答えは簡単ではない。そもそも導入台数や目的、導入環境によって異なるし、何をもって成功とするかの線引きは非常に難しいからだ。よって、ここでは視点を変え、導入に成功した企業に共通して見られるある特徴を述べたい。結論を先にいえば、それは社内にiPadの導入を成功に導く「エバンジェリスト」(キリスト教における伝道者のこと)が存在することだ。

それを紐解く補助線として、2013年11月7日に東京で開催された「iOSエンタープライズ&デベロッパーズカンファレンス2013」というイベントを引き合いに出したい。これはiOSデバイスを中心としたビジネス導入やアプリ開発、ソリューションに関して各分野で経験豊富なゲストが講演したものだが、中でもiPad導入で有名な企業の導入担当者三城ホールディングスの河村和典氏、野村證券の藤井公房氏の2人のエバンジェリストの講演が素晴らしかった。

メガネのパリミキで知られる三城ホールディングスは、国内1000店舗以上にiPadを導入したことで話題を呼んだ。河村氏自らがiPadの導入から社内配備、場合よってはアプリ開発まで積極的に行った。しかし、社内の新しいデバイスに対する警戒感から起こる抵抗などに合い、当初はガチガチのセキュリティポリシーを施してしまったために、活用する社員が増えなかったという。その反省を活かし、2回目の試みでは自由にiPadを使ってもらえるように、社内のポジションに関係なく「やる気がある人」(エバンジェリスト)を募り、フェイスブックグループに参加して意見を出し合うことだけを条件にiPadを配布した。エバンジェリストによって、その周りの啓蒙を促進する仕組みだ。

その結果、「エバンジェリストがいる地方の支店の顧客満足度がぐんと伸びたりしました。実際に彼らに触発されて、私もiPadが欲しい!と手を挙げる人も出てきて、自然とiPadの活用がその支店で広がります。すると社内全体でそれが話題となり、私の支店でも…と好循環が生まれたのです。iPadの活用はITリテラシーを高めることではなく、モチベーションを高めることが大事です。iPad時代に相応しい教育方法を確立する必要があります」。現在では社内でiPadエバンジェリストが磨いた技術を披露して社員に投票してもらう「iPadエバンジェリスト・オリンピック」も開催しているという。

一方、iPadを8000台導入した野村證券の藤井氏はこう語る。「例えば、iPad8000台を社員に1人ずつ配ると、ITリテラシーの差から、当然活用できる社員とそうでない社員が出てきます。iPadを活用してもらうためには『業務で利用すること』が一番ですが、それでも積極的に使うのは約2000人、それ以外の4000人が積極的に使う人に引きずられますが、残り2000人はうまく使えません。iPadが使われない理由は単純で、そのほとんどは使い方がわからないからです」

そこで、藤井氏はiPadの電源ボタンの押し方、パスコードの切り替え方といったところから始まる研修ビデオを公開するだけでなく、これまで国内70数カ所、社員でいうと約半数の現場を行脚し、自らがエバンジェリストとなって研修を行っている。また、iPadは中途半端に配るのではなく、組織&グループ単位で全員に配ることが重要だとする。「ITリテラシーが低い人にiPadを持たせると情報漏洩のリスクが高まるという意見を聞きますが、そうではなく、初心者に照準を合わせてiPadの業務活用を想定しシステムを構築することが大事なのです」
 

配る人も人、使う人も人



やる気がある人だけに最初は配る、全体に必ず配布するという配備方法の違いはあるものの、2人に共通しているのは、まず自らが主体的に動き、iPadをいかにすれば効果的に利用できるかのメソッドを突き詰めていることだ。河村氏は「社内の抵抗を予想してそれに抗うこと」も大事だと説き、藤井氏は「iPadならこんなこともできるのでは?というアイデアよりも、現場で使い込んでいる人の意見を尊重することが大切」と語る。2人とも熱意がすごく、大のアップル製品好き。自らがiPadを楽しみ、活用している。

今回のイベントで講演はなかったものの、2人に負けないくらいのエバンジェリストが岡山県にいる。新見市役所の職員で、新見市立哲西中学校や高尾小学校へのiPad導入の立役者である真壁雅樹氏だ。自らが学校、先生方、PTA、市の教育委員会の間の調整役を務め、iPadの配布から活用方法の提案、PR活動までを行った。先生に負担がないように自ら先生方と向き合い、またときには生徒の意見を聞き回り、そして自ら無料で教育に使えるアプリを数千単位で試した。「iPadを入れて学力の向上が数字に表現されたら、すぐにでも飛びつくかもしれませんが、本当に大事なのは数字に表れない部分だと思います。そうした理解を求めるのは手間だと僕自身はあまり感じていません。皆に楽しんでほしいというのが本音です」と、真壁氏は以前本誌に語ってくれた。

さて、ここでiPadをすでに導入している企業で働く人に問いたい。会社には、このような熱意あるエバンジェリストがいるだろうか。iPadはとかく「何でもできる」万能デバイスのように思われがちだが、配っただけでは社員には使われない。さらにiPadの活用を高めるうえでもっとも重要なのは、説明書を配ることでもなく、アプリを開発することでもなく、ソリューションを整えることでもない。iPadを効果的に活用してもらいたいならば、それを入れた本人が主体的に動くことだ。そうすればやがて、エバンジェリストの言動に突き動かされるカタチで、自然とiPadはその真価を発揮していくだろう。

最後に、iPadの活用度合いをいかに高めるかと尋ねられたときの藤井氏の言葉で締めくくりたい。「活用できない人に活用してもらうには、人として言葉で伝えなくては伝わりません」。

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イベント終了後のパネルディスカッションで提示されたスライド(ZDNet連載記事「スマートデバイスの落とし穴」より引用)によると、タブレットの稼働率が年々下がっていくことが予想されている。
 







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三城ホールディングス・チーフエバンジェリストの河村和典氏。iPadの導入を成功に導くためのポイントについて講演を行った。中でも「導入成功のキーワード」として挙げた5つの項目は、これからiPad導入を考えている人にとって非常に参考になる。







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野村證券でiPad導入プロジェクトを主導した国内IT戦略部長の藤井公房氏。講演では同社におけるiPad導入プロジェクトの経緯や利用アプリ、導入成功の秘訣を語った。同社では、社内SNSとしてセールスフォースの「チャター(Chatter)」を活用する。iPadとの組み合わせは必然で本支店間の情報の流れは「現場からのプル型に」変化するという。また、組織マネジメントが上意下達のピラミッド型ではなく、組織横断的に情報を共有するようなマトリックス型だと急速に使われるようになるという。







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新見市役所情報管理課の真壁雅樹氏。哲西中学校および高尾小学校へのiPad導入を担当した人物だ。哲西中学校ではiPadが一人一台手渡され、普段の授業で毎日必ず利用される。学年全体の音楽発表会をiPadで披露するなど画期的な取り組を行っている。写真はその事前の練習風景。




『Mac Fan』2014年1月号掲載